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根津八紘コーナー

コラム



「ほーかい」


根津八紘が毎日新聞で連載しているコラムです。

No.28 同意書よりも信頼関係
No.27 いつまで粗悪品の中国?
No.26 区別と差別の違い
No.25 閉鎖的な医療社会
No.24 病歴保存の大切さ
No.23 付和雷同?浅薄?
No.22 無能な片田舎の私
No.21 死と向き合った時
No.20 子供を生む権利
No.19 流産絨毛の染色体検査
No.18 フィブリノーゲンによるC型肝炎





No.28 同意書よりも信頼関係

手術を施すにあたり、同意書を取ることは常識となっています。しかし、私は取らないことにしています。なぜかと言えば、患者さんは手術を希望して来院していること、私は手術の必要性や手術法について充分説明していること、そして一番恐れることは「同意書に署名しなければ手術をしてくれないのでは」という不安感を患者さんに与えるかも知れないからです。
医者と患者との間には、常に信頼関係がなければ医療は成り立ちません。戦後、米国式の医療が輸入され、医療も契約関係が主となり、書面に何でも書き残さなければならなくなりました。それは医療行為において訴訟問題が多発するようになり、医療者側が証拠を残さなければならなくなったことに起因しているからでしょう。
ご家族を交えた説明の最後に「一所懸命、させて頂きます」と私は話すことにしています。すなわち、「自分に不手際があった場合には、誠意を持って対応させて頂きます」という意味を込めての言葉です。人の体にメスを入れる時、医師としての腹を据えた覚悟がなければ手術をしてはならないと確信しています。手術だけでなく一般診療においても医療者は同じような心構えが必要だと思います。医師と患者の信頼関係と医療者側の治療に当たる心構えがなければ、薬の処方や注射においてさえも、同意書を要することになるでしょう。不実で悪意を持った患者は一握りだと思います。その一握りのために、信頼関係を構築努力を医者から捨ててはならないと私は考えるからです。
 
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No.27 いつまで粗悪品の中国?

四大文明の発生地が中国にあり、遣隋使や遣唐使等を通じ、私達日本人は多くのことを学んできました。日々使っている漢字は中国が原点ですし、日本の文化全体でも中国から伝わったものが数多くあります。
その中国が明治維新後は、日本に学び、そして日本に侵略され、そして今の繁栄を迎えています。その中で、中国産ギョーザの事件が起きました。被害者の方のことを考えれば、のん気なことなど言っていられませんが、中国産への不信感が日本中に募っている今こそ、私達は冷静に考える必要があるのではないかと思います。なぜかと言えば、戦後の一時期、「メードインジャパン」は、粗悪品の代名詞でありました。それが今や優良品として世界から尊ばれています。中国何千年の歴史に比べれば、たかが戦後60年あまり、明治維新後でも約140年ほどのことです。
私達が知らないうちに、私達の生活は中国産、中国製の品々により成り立ち、たとえ問題が起きようとも、日本は中国に依存しなければならない国だと思います。なぜならば、中国には13億の民がいて、日本の数十倍の国土と、長い歴史と多様な文化を有し、何よりも日本の戦後復興期と同じく、全てにおいてハングリーであります。今回の事件もバネにして、中国は世界の頂点に立つことでしょう。その時日本はどうするのか、今回の事件を通じ、日本の将来を考えなければならないでしょうか。
 
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No.26 区別と差別の違い

広辞苑を引くと差別という言葉の意味に区別という意味も含まれています。しかし、一般的には区別と差別とは対比する言葉として使うべきではないかと私は考えます。思うに、区別と差別との根本的な違いは、そこに人間愛が有るか否かで決まるのではないでしょうか。
差別用語という意味の用語は、まさに人間愛の存在しない用語に対して名付けられた言葉で、差別という意味、すなわち「正当な理由なく劣ったものとして不当に扱う」ということになると思います。 最近、医学用語でも差別用語をなくそうと知らない内に変えられ、医者である私も時間を経てから知った言葉もありました。その言葉とは、痴呆症に対する認知症と、分裂病に対する統合失調症であります。 統合失調症はともかく、認知症への変更は許しがたい思いがします。厚生労働省の用語検討会を中心にまとめ、国民の意見を取り入れたとはいえ、訳の分からぬ日本語です。
「めくら」という言葉を「目の見えない人」または「視力障害者」と変えたとしても、使う人に人間愛が無ければ、変えた言葉もやがて差別用語に変わっていきます。言葉を変えるのではなく、使う日本人の心を変えない限り、これから先同じことは繰り返されると思うのです。
 
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No.25 閉鎖的な医療社会

病腎移植で話題となった、宇和島徳洲会病院の万波誠医師と、月刊誌の企画で対談をしました。その前日、万波医師と対峙する形で検証したA医師とも話す機会がありました。今回は期せずして、この問題に関する双方の関係者とお話をさせていただくことになりました。
ほかの癌もそうですが、腎臓癌も2センチ程度の小さな癌はその部分だけ切除するだけで、ほとんど再発せずに治るようになってきました。しかし、患者さんの中にはたとえ小さくても腎臓の摘出を望む方がいます。万波医師は悪い部分だけを切除し、残りの腎臓を両者の了解を得て、人工透析の患者さんに移植。人工透析の苦痛から患者さんを開放していたのでした。それは提供腎の少ない現状でのグッドアイディアであったのです。万波医師は「生体間の腎移植に比べたらどんなにか良い方法」くらいの気持ちで何の衒いもなく行っていたのです。それがひょんなことから明るみに出て「病気の腎臓を移植するとは何ごとか」ということになりA医師等の検証を受けることになりました。万波医師は田舎の片隅で、患者さんと充分なコミュニケーションをとり、あうんの呼吸でやっていたので、インフォームド・コンセントの書類はなかったのです。その結果、「勝手なことをやっていた」との評価を受け、保険医剥奪にまで至らんとしています。このことは、多胎妊娠に胎児の数を減らして無事に出産に至らす減胎手術を最初にやった私と同じ状況でした。結局、万波医師は、日本の体制の中では否定され、米国で評価されることとなったのです。
 
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No.24 病歴保存の大切さ

当院でもフィブリノゲンを出血した患者さんに使って結果的にはC型肝炎の患者さんを作ってしまいました。しかしその後もその方たちをフォローしてきた結果、「不幸中の幸い」とも言える出来事がありました。前にも述べたかも知れませんが、昭和53年から62年まで、当院では分娩時の出血時に19人の方にフィブリノゲンを使ってきました。そのうち9人の方は、使用後1ヶ月くらいで肝機能が悪化。6人はC型肝炎であることが分かっていました。その後、さらに調査の結果、残りの3人のうち2人もC型肝炎であることが分かり、もう1人の方についてもやっと新しい住所を突き止めることが出来、その後の消息を知ることができました。
その方は出産時に、8リットル以上の出血があり、フィブリノゲンや新鮮血の使用などで止血でき、一命を取り留めた患者さんでした。その後1ヶ月ほどして肝機能が悪化していたのですが、御主人の転勤で来院出来ず、検査結果も知らず、連絡の取れなかった方でした。現在、C型肝炎により健康状態が悪く、近くの病院に通院中とのことです。御本人はこちらの連絡で当院で使用したフィブリノーゲンに起因する肝炎であることを初めて知らされたわけです。結局、その方は今までの8人の方に加え、新しく原告団の仲間入りをし、今後は国の保障を受けられることになるでしょう。改めて5年間という法的病歴保存期間の不充分さと、長期的病歴保存の大切さを思い知らされたのでした。(当院では開院以来、約30年分のカルテを保存してあります)
 
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No.23 付和雷同?浅薄?

突然「倖田來未さんが『女性は35歳過ぎたら羊水が腐る』と発言したそうですが、先生はどのようにお考えでしょうか」という女性雑誌社の記者から私にコメントを求める電話が入りました。倖田さんがどのような女性で、そのように彼女が言ったことで何の意味があるのか、と思ったのですが、どうも巷はかなり騒がしいようでした。

倖田さんは人気タレントで、日頃から嫉妬する女性も多かったのでしょう。そこに35歳過ぎの未婚女性の癇に障ったのでしょうか。ラジオ番組の中での発言で、その前後のことは知りませんが、きっと聞いた人がひとからひとへと伝え、それがアレッと言う間に非難の渦となって彼女に押し寄せたのでしょう。

私は、「高齢妊娠は妊娠中毒症(妊娠性高血圧症候群)等により胎盤の機能が悪くなり、羊水が濁ることがありますが、細菌感染が無い限り、羊水が腐ることは無い。但し、35歳以上になると不妊症になり易く、又、難産になり易いことからして、35歳以上の女性への警鐘の意味では意義があるかも知れません。いずれにしても素人の発言で、多分悪意は無かったでしょうから、いくら彼女が有名でもそんなにめくじらを立てなくても」と返答させて頂きました。

彼女は現在謹慎中とのことですが、多くの人たちが騒ぎ立てるこの様は、単なるとして捉えるべきなのでしょうか。世論が一つの論調へ雪崩れていくことへの不安を感じます。
 
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No.22 無能な片田舎の私

日本学術会議は、代理出産に関し15回の会議を重ね、代理出産禁止の結論を出してしまいました。これで日本国内での代理出産は出来なくなったわけではありませんが、禁止立法に向け、プラスに働くことは否めないでしょう。国内では日本産科婦人科学会の会告で禁止されているため、海外、特に米国で米国の女性の助けを借りて既に100組以上の方が水面下で行い、生まれた子供は実子として扱われ、多分幸せな生活を送られていることと思います。

この事実に、私は日本人としての恥を感じ、国内での代理出産を可能にすべく、学会の会告をあえて無視して5組の方から7人の子供さんを誕生させて来ました。そして1月31日の学術会議の公開講演会の席上で、更に2組の出産と、1組の妊娠中のケースについて報告したのです。

何故ならば「代理出産は危険であるから」という根拠に対し、今までのケースは皆無事に経過していることを示すためでした。それと同時に「当院のケースを国内における参考データに何故しないのですか」と問うたのですが、「正規のケースではない」という理由で無視されてしまいました。

それと同時に、「何故、生殖障害者とも言える代理出産対象者を差別・排除するのですか」の問いに、「そもそも生殖障害者という言い方自体が差別である」と批判されました。視力障害者や身体障害者の呼称は、差別ではなく区別するために付けられているのです。結局は、生殖障害者を片田舎(という表現も差別的かもしれませんが)の私では助けられないのでしょうか。
 
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No.21 死と向き合った時

今までの人生の中で、己の死と向き合った出来事を振り返ってみました。 自分の死と向き合うことには、大きく分けて病死寸前と事故死寸前、そして自殺寸前とが考えられます。幸せなことに病死寸前は経験することなく現在に至っています。 事故死寸前の出来事は、本土復帰が近い沖縄でのことでした。久し振りの日曜日、俄に降り出した雨が、サンゴ礁の細かい砂麈をグリス状にして路面を被っていました。

そのようなことを知らず、ハンドルを握って直進中、私の目の前で対向車が突然ハンドルを切ったのです。私はその車の側面に激突、その瞬間私は死を覚悟していました。 自殺寸前の二つの出来事の一つは、大学浪人であった19歳の冬、人生からの逃避を思い立ち、裏山に登り、星空を仰ぎながら横たわり、凍えながら死に至るのを待った時のことです。

結局、寒さに耐え切れず、炬燵に潜り込んだ浅はかな死に対する願望の企てでした。もう一つの出来事は、多胎妊娠に対する減胎手術を施行、日本産婦人科医会(旧日母)から否定され、マスコミからバッシングを受け、四面楚歌となった時のことでした。

記者会見に臨む時、これで認められなければ死を以て抗議しようと決心していました。あれから21年間経っても何ら方針は出されず、今や水面下で当然のこととして一般的に行われています。逃避の自殺とは異なる前向きな意味はあったものの、死して抗議することの愚かさを、今このように非配偶者間体外受精や代理出産等に対しも問題提起しながら、つくづく感じています。 即ち、病死や事故死ならばともかく、死ぬ勇気を持ち、死ぬ努力をすることが出来るならば、生きて生き恥を晒しながら自己主張をし続けることの方がどんなにか楽であるかということを、つくづく感じているのが今の私です。
 
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No.20 子供を生む権利

子供が欲しいという気持ちに理屈は無いと思います。振り返ってみて、自分の場合も本能的に結婚したら子供を望んでいたと思います。だからと言って、人間は皆子供を持つのが当たり前だと言っているわけではありません。 今年に入って、日本産科婦人科学会が認めていない方法で、2組の夫婦に子供が誕生しました。

一組の方は、習慣流産で子供を手にすることのできなかったご夫妻で、着床前診断(受精卵の一つの細胞から染色体検査をし、問題の無い卵を選ぶ方法)にて妊娠されたケースでした。出産は胎児仮死となり鉗子分娩、一段落したら胎盤が出ず大量出血、結局癒着胎盤の診断にて緊急手術、一命を取り留めるという結果となってしまいましたが・・・。

もう一組の方は別の事情でしたが、無事出産に至ることができました。当然のこと、当人達やご家族の皆様はお喜び一入であったことは言うまでもありません。 私達は自由主義社会の中で、他人に迷惑を掛けない範囲において、自由に生きることが保障されているはずです。又、その社会は相互扶助精神の下、お互いが足らないところを補い、助け合いながら維持されているはずです。

しかし、普遍性があるとは思えない価値観から成り立つ倫理観を全面に出し、本来は子供を望む人々の手助けとならなければならないはずの集団、日本産科婦人科学会は会告を作り、国民から選択の自由を奪い、条件が揃えば子供を手にすることの出来る人から、その望みを奪っているのです。 いずれにしても前述した子供さん達は、ご両親やご家族による暖かい環境の下で育まれ、明日の日本を背負う人となってくれるものと思います。
 
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No.19 流産絨毛の染色体検査

流産という言葉は、妊娠を楽しみにしていた妊婦さんにとって、これ程ショッキングな話はないと思います。そして流産という診断を医師から受けた妊婦さんのほとんどは「何か私が赤ちゃんにとって悪いことをしたんじゃないかしら」と先ず自分を責めるのではないかと思います。

しかし、流産例の絨毛(胎盤になって行く胎児側の組織)の染色体の検査をすると、7割近くが染色体異常となっています。御存知のように、人間の体を形作っている組織の染色体は、一般的に22対の常染色体44と、性染色体のXX又はXYとの合計46の染色体で形成されています。その染色体の異常には、数的異常と言って2対ずつある所の染色体が3対あったり、性染色体がXだけ、又はXXYと3つあったり、全部の染色体が3対ある3倍体と呼ばれる場合などがあります。又、構造異常と呼ばれ、数的には問題ないのですが、1本1本の染色体の構造が異常である場合があります。

数的異常の場合は突然変異で起きて来るのですが、構造異常の場合は夫婦のどちらかに異常があり、遺伝という形でほとんどが起きて来ます。染色体異常での流産例中、構造異常によるものは5%くらいで、頻度としては少ないものの、習慣流産になり易く、これは最近問題となっている着床前診断の対象になるケースです。 今までは、3回以上流産した場合を習慣流産と診断、その時点で絨毛染色体検査がされていました。

しかし高齢妊娠が増加している現在は、習慣流産と診断されてからではなく、最初の流産から染色体の検査をして、流産原因を確定し、次回の妊娠に備えるべきではないかと思います。
 
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No.18 フィブリノーゲンによるC型肝炎

最近、薬害によるC型肝炎の問題が公にされ、やっと国が全員救済という方針を出して来ました。血液中に存在し、出血に対する止血作用を持つフィブリノーゲンという成分からなる薬剤で、献血や外国における売血中から精製され、それを介しての問題でした。

C型肝炎ビールス保菌者の血液中に含まれているビールスが除去されずに薬剤として販売され使用された結果、フィブリノーゲン製剤を投与された患者さんの多くがC型肝炎に感染、現在になって問題となっているのです。しかし、C型肝炎という形で診断されるようになったのは、今から10数年程前のことで、それまではA型B型以外の肝炎は非A非B型肝炎と呼ばれ、当時はビールスが同定されていなかったことが問題の始まりだったのです。

そのフィブリノーゲン製剤は当時ミドリ十字と呼ばれる会社で製造され、今から20年余前に全国的に使用され、使用後数ヶ月の間に肝炎発症、肝機能が低下、投与を受けた多くの患者さんが今も治療を受けながら不安の日々を送っておられます。

私の施設においても、出産の際の出血に際し使用、6名の患者さんが発症しておられます。ミドリ十字の安全な薬剤という謳い文句の下で使用、その結果が今日の状況を生むことになりました。当時会社を相手に他の医師と共に対応したのですが、全く誠意の無い対応に終わっていました。現在会社名も変わってしまいましたが、国の責任に終始することなく、当時問題が起きていたにもかかわらず販売を促進していた当時の会社のトップ達の責任も、追及すべきではないかと思います。